特別対談 「つながり」の可視化でひも解く航空システム

航空路線網が発達し、あらゆる場所へ行けるようになった半面、
さまざまな要因から発生する「航空機遅延」の増加が新たな課題になっています。
人や物などのつながりを可視化し、そのメカニズムを解明するネットワーク科学を通じて、
「航空機遅延」の根底にある原因を探りました。
時間とともに常に変化する航空機の遅延はどこで発生し、他の地域や航空機へ波及していくのか。
この課題に対し、今後いかに向き合い、さらに深い分析を行うためには何ができるのかを一緒に考えていきます。

東京科学大学 環境・社会理工学院 融合理工学系 助教
杉下 佳辰

東京都出身。2019年東京工業大学 環境・社会理工学院において博士(工学)を取得。英国ブリストル大学客員研究員、米国ニューヨーク州立大学バッファロー校客員研究員などを経て、2021年から現職。ネットワーク科学を専門に、交通・社会システムの構造解析や脆弱性評価などの研究を展開しており、近年は航空遅延伝播に関する研究に注力している。今まで訪れた国・地域で一番印象に残っているのは、アイスランド。火山や氷河が織りなす圧倒的な景観に触れ、地球のスケールと力強さを感じられる場所として強く心に残っている。

JAL航空みらいラボ 航空事業調査研究部 統括マネジャー
町田 泰志

神奈川県出身。2009年日本航空入社。羽田空港国内線旅客担当、運航本部での採用、人事担当、国内路線事業計画担当を経て、2022年から現職。国内外航空会社の動向調査や大学との共同研究などを担当。今まで訪れた国・地域で一番印象に残っているのは、セントマーチン島。滑走路端のビーチで、着陸する航空機を眺め、離陸する航空機のエンジンブラストを浴びながら過ごしたのが思い出となっている。

ネットワーク科学とは、万物を「つながり」で捉えるアプローチ

町田
先生、本日はよろしくお願いします。まずは、先生のご専門である「ネットワーク科学」についてもう少し教えてください。
杉下
よろしくお願いします。ネットワーク科学とは、一見バラバラに見えるもの同士のつながり方に注目する学問です。人や場所をノード(点)、その関係をリンク(線)に見立て、それらを網の目のように結びつけることで、システム全体がどのような構造で成り立っているかを分析します。これにより、私たちの社会や自然界には、特定の要素に膨大なつながりが集中する、というような共通の法則があることがわかってきたのです。
杉下
研究の対象は非常に幅広く、社会的ネットワーク、電力網、物流などのサプライチェーン、さらには神経細胞や生態系の食物連鎖など、物理的なつながりから概念的なつながりまで全て含まれます。2000年頃から急速に成長した学問領域です。
町田
一見全く別物に見えるあらゆる事象が、つながりという共通の物差しで分析できるのですね。研究対象の広さに驚きました。
杉下
情報学、物理学、工学、社会科学など学会には多様な専門家が集まる学際性が大きな特徴です。
町田
航空分野との相性についてはいかがでしょうか。
航空路線や航空機の一連の動きなどもネットワークと捉えられるとすると、ネットワーク科学の手法を適用するのに向いている、と言えるのでしょうか?
杉下
航空システムとネットワーク科学は、極めて相性が良いと感じています。航空業界は運航実績などデータがきちんと蓄積されていることに加え、特筆すべきは、つながりの複雑さです。航空システムは空港をノード、路線をリンクとするネットワークとして明確に表現できます。
杉下
大きな空港などハブとなるノードや、つながりの中でも特に密につながっているコミュニティの存在、時間による変化など、システム自体が極めて、興味深いだけでなく、航空会社、航空アライアンスといった複数のレイヤーで構成されています。このように多層的でダイナミックなシステムだからこそ、ネットワーク科学の手法を用いたアプローチと相性が良いと言えると思います。

路線網の変遷を可視化する

町田
今回、先生の論文にあるアメリカの主要航空会社を例にしたテンポラルネットワークの分析結果は、非常に興味深いと感じました。航空会社ごとに現れるパターンが全く異なっているのが面白いですね。
杉下
テンポラルネットワークとは、時間の経過とともにネットワーク構造が変化す​るシステムを指します。これまでのネットワーク研究は、ある一時点を切り取った静的なものが主流でしたが、航空ネットワークのように刻々と入れ替わるシステムには、時間軸を含めた動的な解析が不可欠です。
杉下
この研究では、1987年から2019年までの約30年間におけるアメリカ主要航空会社ごとのネットワーク構造変化を可視化し、路線網を月ごとに比較、その構造的な距離を計算しました。これを、縦軸と横軸に時間をとった行列として可視化すると、航空会社ごとの経営の営みが、独特な模様となって浮かび上がってきます。
町田
時間の経過とともに、各社の路線ネットワークの形がダイナミックに変化しているのが一目で分かりますね。
重複する路線が少なく、ネットワーク構造が異なるほど色が明るくなる点や、経営破綻、合併などで路線が変わったときには色が変化していますね。成長し続けている会社の方が、色の明るさが顕著になっていくということでしょうか。
例えば、サウスウエスト航空などは全体的に色が明るいですね。
杉下
はい。色が明るいのは、過去の構造から大きく変化したことを意味します。サウスウエスト航空は、この30年間で爆発的に路線網を拡大し続けました。その動的な成長の足跡が、明るい色彩として現れていると考えられます。
町田
サウスウエスト航空の歴史を見てみると、1993年には合併によりアメリカ北西部や西海岸のネットワークを獲得し、2011年の合併でアトランタに拠点を構えたそうです。経営上の大きな転換点が、データ上の色の変化として鮮明に現れているのが非常に興味深いです。
杉下
合併などの転換期には、路線網が劇的に作り変えられるため、図中でも明確な境界線として現れますね。
町田
一方でアメリカン航空は、途中で合併による変化は見られますが、一定期間整然とした格子状になっていますね。
杉下
この格子状の模様は、1年周期の季節的な変動を反映しています。夏ダイヤと冬ダイヤで、定期的に路線網を切り替えつつ、全体としては安定した構造を維持しています。規則的な運用サイクルが、データ上で幾何学的な模様を描き出しているのです。
町田
例えば、特定の2社間で路線がどのくらい重複しているのか。そのような航空会社間の比較も可能なのでしょうか?
杉下
航空会社2社をペアにして比較する分析も行っています。例えばアメリカン航空とユナイテッド航空、あるいはアメリカン航空とデルタ航空といった組み合わせです。
主要4社を対象に計6ペアで比較していますが、アメリカン航空とユナイテッド航空のペアは、他よりも色が濃く現れます。これは、この2社のネットワーク構造がある程度似通っていることを示唆しています。
杉下
一方で、デルタ航空とアメリカン航空のペアを詳しく見ると、図中に特徴的な線が現れます。これは過去にデルタ航空が、アメリカン航空と重複していたハブ空港から撤退した経緯などを反映したものです。
町田
ネットワーク科学というアプローチにより、路線システムの構造的な複雑性や、時間の経過とともに刻々と姿を変えるダイナミックな変遷を、客観的なデータとしてあぶり出すことができるのですね。

遅延の因果関係の連鎖とは?

町田
次に、遅延因果ネットワークについてお聞きします。日本有数の空港の一つである羽田が、遅延の波及経路としての存在感が薄いのは、なぜでしょうか。
杉下
羽田は圧倒的なハブですが、遅延の因果関係において常に中心に位置するわけではありません。これは、羽田が遅延の原因ではないという意味ではなく、羽田があらゆる遅延を吸収し、再び各地へ分散させる複雑なハブとして機能してしまい、統計的な因果の糸が絡まり合って見えにくくなっていると考えられます。
町田
運航便数が多い羽田から遅延が広がるイメージが強いので、これは少し意外ですね。
杉下
これにはグレンジャー因果性と呼ばれる統計手法の特性が関係しています。羽田にはあまりにも多くのフライトとその遅延が集中するため、データが混ざり合ってしまいます。
その結果「どこからどこへ遅延が伝わったのか」という2地点間の直接的な結びつきが、統計的に検出困難な場合があると考えられます。また、世界的に見ても「ハブが遅延を広める」説と、「地方の小さな空港が起点になる」説の両方の研究があり、まだ結論は出ていません。
そのため、今後ほかの手法も用いながら、さらに深掘りをしていく必要があると考えています。
町田
遅延は無秩序ではなく、特定の法則に従って広がっていくともお聞きしました。これは風向きなどの気象条件が、影響するということでしょうか。
杉下
一概に風向きだけが原因ではないと思います。統計的に分析を進めると、航空ネットワーク構造そのものに起因する、ある程度共通の法則があることが分かってきました。遅延は決して無秩序に波及するのではなく、予想可能な決まった経路を辿るように、特定のパターンで繰り返されています。例えば「空港Aが遅れると、高い確率で空港B、そして空港Cへ波及する」といった、特定の3地点を通る連鎖パターンなどがあります。
町田
航空関係者としては、つい日本地図を思い浮かべて、航空機が飛んでいく物理的な動きや風向きの影響で、遅延が広がるのだと考えてしまいがちです。今の先生のお話を整理すると、任意の3地点を取ったときに、遅延が特定の方向に広がっていく傾向がある、ということですね。
杉下
はい、その通りです。一方で、さらに興味深いのは、この伝播の仕方が航空会社によって顕著に異なるという点です。実際、ANAとJALでは、航空ネットワークの構造自体は比較的類似しているにもかかわらず、遅延伝播パターンには明確な違いが見られました。
町田
会社ごとに独自性があるのですね。
杉下
はい。これは単なる偶然ではなく、1機の航空機が複数の路線を飛ぶ場合の機材繰りや、乗り継ぎ客を待つ調整、乗務員交代などの運用ルールが網の目のようにつながっているために起こる現象です。
現状では、このパターンが頻発しているという事実までは特定できていますが、その具体的な背景を解明していくのはこれからの課題です。

実務とアカデミアの融合。より精緻なシミュレーションで遅延を防ぐ

町田
先生が挙げられた要因は、まさに現場のリアルそのものです。航空会社も最善を尽くしますが、ゲリラ豪雨や雷などの天候要因、お客さまのご都合、機体の不具合といったイレギュラーな事態、航空管制官からの指示による待ち時間やう回による飛行時間の増加など、航空会社が予測やコントロールしきれない事象が一定の確率で発生してしまいます。
町田
今回の共同研究では、日本航空の実際の運航データを使用し、実態に即した解析を行っていただきました。今後、どのようなデータを取り入れていけば、より現実的で精度の高い分析が可能でしょうか。
杉下
考慮すべき要因は多岐にわたります。それらの中から、どのデータを取り入れるべきかを見極めるのは、とても難しい課題です。
町田
データを闇雲に詰め込めば正解が出るわけではないのですね。
杉下
現実のシステムは非常に複雑です。複雑さを削ぎ落とし、いかにシンプルかつ本質的なモデルを構築できるか。これこそが、研究における最大の挑戦です。
町田
削ぎ落とすことで初めて本質が見えてくる、ということですね。
杉下
世界的に見ても機体の動きに限定した研究が大半ですが、今後は乗客や乗務員など人の動線まで踏み込む必要があります。どれほど機体が順調に動いていても、人の移動が間に合わなければ、結果として便を待たせ遅延が連鎖してしまうからです。
こうした貴重なデータをJALさんと連携して分析することには、大きな意義があります。また、体感的に天候の影響なども大きくなっていると感じているので、そのようなデータも考慮する必要があると思っています。
町田
そうした中で、先生が今取り組まれている遅延発生のシミュレーションプログラムが、現場の課題を解決する鍵になるでしょうか。
杉下
現在、各航空機を仮想空間で個別にシミュレーションして動かすエージェントベースモデルの開発を進めています。
機体の連続使用、乗り継ぎ待ち、混雑、突発的なトラブル、飛行時間の変動など、遅延を招く5つの要因が複雑に絡み合う中で「いつ、どのように伝播するのか」、その連鎖のプロセスを可視化できれば、遅延を未然に防ぐための強力な武器になると思います。
町田
現場では、遅延を最小限に抑えるために、苦渋の判断が毎日繰り返されています。
杉下
このモデルの最大の特徴は、現場の判断そのものを変数として取り込める点にあります。仮想空間で1機1機の具体的な動きを何万回とシミュレーションをすることで、特定の機材繰りパターンが遅延に対してどれほど柔軟性を持っているかを、運航ダイヤ策定の段階で提示できるようになります。
町田
航空にかかわる関係者はみな遅延を減らしたいと考えているのですが、先生の研究として最終的に見据えているゴールについてお聞かせください。
杉下
近年、航空ネットワークを対象とした研究は大きく進展しています。遅延の発生と伝播の仕組みを明らかにすることは、航空システムの安定性や効率性を高めるうえで重要な課題と言えるでしょう。
ただ、学術的な理論を突き詰めることは重要ですが、それ単体では実態との間に乖離が生じかねません。その溝を埋めるべく、アカデミアの価値を堅持しながら、実務課題の解決に挑むことで、産学双方に真の価値をもたらしたいと考えています。
町田
ありがとうございます。これからもぜひ、一緒に取り組ませてください。今後ともよろしくお願いいたします!

「遅延はどこで発生し、どのように波及するのか」という問いに対し、時間とともに変化するネットワークの動態からアプローチした今回の対話は、航空システムを俯瞰的に捉え直す貴重な機会となりました。JAL航空みらいラボは、こうしたアカデミアの知見と航空実務の現場を融合させることで、定時性の向上などといった具体的課題の解決に取り組み、次の時代への新たな解決の糸口を探り続けてまいります。これからも多様な視点から航空の未来、そしてこれからの移動のあり方を考えていきます。