特別対談 「リニア開通がもたらす交通のみらい」

リニア中央新幹線の品川-名古屋間の開通、そしてその後の大阪までの延伸に向けた計画が進む中、
開通でみらいの交通ネットワークはどう変化するのか。
今回は名古屋までの開通に焦点をあて、航空需要含めた交通全体への影響や、
人々の暮らしの変化の可能性について議論を深めました。
お互いに競い合うのではなく、鉄道と航空がいかにそれぞれの強みで補完し合い、
ともに人々の移動をより豊かにしていくのか、これらからの交通のあり方を探ります。

青森公立大学 経営経済学部 経済学科教授 橋本 悟

兵庫県出身。2012年に一橋大学大学院で博士(商学)を取得。一橋大学 特任講師、帝京大学准教授、教授を経て、2023年4月から現職。産業組織論、ミクロ経済学、公益事業論などを専門とし、現在は交通をはじめとして、公益事業全般における企業経営の効率化、および市場効率性の分析などに取り組む。好きな鉄道旅は、(広島の)古い路面電車に乗ってノスタルジックな音を聞きながら、ゆっくりと進む車窓を眺めることですね。

JAL航空みらいラボ 取締役
航空事業調査研究部長 岩﨑平

大阪府出身。1992年旧日本エアシステム(現 日本航空株式会社)入社。羽田空港における5年間の地上勤務以降、約20年近くを国内路線計画などに従事。日本航空経営戦略部副部長、調査研究部部長を経て、2024年7月から現職。好きな車窓からの景色は、大阪・関西空港駅~りんくうタウン駅間(空港連絡橋)。大阪湾と和泉山脈を眺めながら、ふるさとに帰ってきたなぁとしみじみ思う瞬間です。

経済学的なアプローチとは?

岩﨑
本日はよろしくお願いいたします。今回、橋本先生には経済学的なアプローチで、リニア新幹線開通による航空需要変化について学術的な研究を行っていただきましたが、まず、経済学的なアプローチとは具体的にどのようなものでしょうか?
橋本
経済学の分析では、複雑な現実の現象をある程度簡略化し、「鉄道と航空が完全に競争している」などの仮定を置いて分析します。また、分析結果はあくまで長期的な均衡点、つまり、人々の行動が落ち着いた後の最終的な状態を示すものになるため、開業翌日から徐々に乗客が増えていくような、移行期の途中のプロセスは抜け落ちてしまいます。ですから、現実の社会に当てはめる際には、そうした前提をある程度割り引いて考えていく必要があります。
岩﨑
なるほど。今回は、まだリニアの運行頻度や運賃などの条件が定まりきっていない中での研究となりましたが、特に難しかった点はどこでしたでしょうか?
橋本
鉄道会社の戦略が大きな影響を及ぼすところに難しさを感じましたね。例えば、過去に東海道新幹線が建設された際、当時の国鉄は在来線の特急をなくして新幹線へ誘導しました。 あくまで想像ですが、リニア開業後も同様に「新幹線とリニア、どちらかお好きなほうをご利用ください」とはせずに、例えば、リニアでの移動に適した区間を移動する顧客はリニアを使うように徐々に誘導するのではと思います。

リニア開業後、既存新幹線の役割はどのように変化する?

岩﨑
レポートでも、過去の新幹線開業時のように、段階的にリニアへ利用者が移っていくと予想されています。将来的にリニアが東京-名古屋・大阪間の移動の主役になった後、既存の新幹線は、どのような役割を担うことになるとお考えですか?
橋本
これについては正直、どうなるのか皆さんにお聞きしたいところでもあります(笑)。逆にリニアはあくまで東京-名古屋・大阪間の移動を補完するという見方もあるようですよ。
岩﨑
日本にはすでに新幹線のネットワークが確立しているため、それが引き続き基盤となる、ということでしょうか。
橋本
はい。いまあるネットワークを活かして、リニアは東京-名古屋・大阪間のスピーディーな移動を補完するとすれば、鉄道移動のメインは引き続き新幹線が担うのではないかと。
岩﨑
確かにリニアと新幹線は沿線が違うので、同じ線路の「早い・遅い」という単純な関係ではないですよね。既存の新幹線は、途中駅から乗車・降車する方や、その先のエリアへ向かう方がたくさん利用されますよね。
橋本
特にリニアの駅ができない地域にとっては、現在の新幹線の運行頻度や停車駅がどのように変化するのかは気になる点ですよね。「のぞみ」のような速達型の停車駅に変化が生まれたり、「ひかり」「こだま」のような停車駅が多い列車の本数が変化するかもしれません。
岩﨑
そうですね。例えば途中駅間の利用、新横浜から静岡や京都へ行くといった方々は引き続き新幹線を利用されるでしょうし、東京-名古屋・大阪などの2拠点間移動はリニア、それ以外では、新幹線の役割は今後もそこまで変わらないのかも知れませんね。

インバウンドへの影響と地方への波及効果

岩﨑
現状、インバウンドの方の東京-大阪間の移動は航空利用が約8%で、国内居住者の航空利用の20%と比較して大きく下回っています。インバウンドの方にとっては、新幹線に乗ること自体が目的になっており、一種のエンターテイメントになっている側面があると感じています。リニアが開通した際、インバウンドの方々は、この新しいリニアをどのように利用していくのでしょうか。彼らにとって魅力的な移動の選択肢になると思われますか?
橋本
リニアがインバウンドに与える影響は大きく、新幹線と同じような感覚で乗られるのではないかと思います。ただ最初は名古屋までの開業ということで、例えば成田や羽田に到着してそのまま京都に行きたい方がリニアに乗り、重い荷物を持って名古屋で新幹線に乗り換えることをどう考えるか?というのはあります。
岩﨑
リニアが大阪まで延伸する際のルート詳細は、今後検討されるようですね。
橋本
インバウント6000万人を目指すなか、今の東京~京都・大阪~広島といったゴールデンルートだけで受け止めるのは難しいと思っています。リニアの開業により、新たに沿線となる地域がうまれることで、外国からの観光客を分散させられるのではないか、とも思います。
岩﨑
今回の分析ではリニア開通による「東北や北海道方面」の航空需要への影響は少ないと予想されていましたが、リニアによるこれらの地方へ新たな人の流れが生まれる可能性はあるのでしょうか?
橋本
東京中心で考えると、リニアの効果というのは西方面に強く現れるのですが、名古屋や大阪エリアを起点に考えると、品川、東京駅でスムーズに乗り換えができれば、東北、北海道方面への波及効果も生まれると思います。名古屋から青森まで4時間程度で行けるようになりますから。リニアも含め多様な交通モードを活用し、新たな地方周遊ルートを開拓する余地は日本国内にまだまだあると思います。

リニア開通がもたらす都市・ライフスタイルへの変化とは?

岩﨑
リニア開通により品川-名古屋間が約40分で結ばれるようになると、それぞれの地域がお互いに通勤圏となる可能性があります。東京、名古屋間でビジネス機能が移転したり、日本の都市のあり方自体が大きく変わる可能性はありますか?
橋本
かなり大きく変わってくると思います。そもそもコロナ禍以降、毎日会社に通うという考え方自体が変わってきていますよね。福岡や沖縄に住みながら週に1、2回だけ東京の本社へ出社するような時代が来ています。一部の企業や自治体では新幹線通勤の補助も出始めているとも聞きます。今後は、「働くところ」と「住むところ」が変化していくのではないでしょうか。
岩﨑
二地域居住される方の増加やエリア拡大の可能性がありますね。
橋本
また、温暖化が進むと、猛暑を避けるために緯度や標高の高いところに住む方も増えるのではないか?と思います。そうすると、長野など標高の高い地域を通るリニア沿線は、20~30年後には移住先として栄えてくる可能性を秘めていると思います。
岩﨑
地方に住み農業などに従事しながらも、週に数日だけリニアに乗り、20分で東京の会社へ行く、といった暮らしもできるかもしれませんね。
今回は名古屋までの分析でしたが、大阪まで延伸した際にはまた影響の範囲が変わりそうですね。ぜひ先生には大阪まで延伸の際の影響も研究していただきたいです。
橋本
そうですね。わかりました(笑)

地上交通・航空が担うべき役割を考える

岩﨑
航空会社としては、リニア開通により、まずは移動需要が全体として増えることを期待しているのですが、その際には役割分担というのが非常に重要になってくると思っています。飛行機の利点の一つはその速さですが、陸上交通も圧倒的な速さを手に入れることになります。その時、交通全体において航空はどのような役割を担っていくべきでしょうか。
橋本
大きな変化が来るタイミングですので、積極的に動くべきだと思います。そして、一番大きなポイントは「サービスの差別化」だと思います。航空には航空の、鉄道には鉄道の良さがあります。必ずしも競争する必要はなく、補完関係を持ちながら全体のパイを大きくしていけばいいと思います。
橋本
個人的には、航空の優位性は、絶対的な「速達性」、乗る前に「荷物を預けられること」、そして客室乗務員の「サポート」があることだと思っています。また、鉄道は乗っている時はリラックスできますが、航空は乗る前後でもラウンジなどでリラックスできるといったサービスの違いもあります。これらを前面に出していくのは一つのやり方ではないでしょうか。
岩﨑
おっしゃるとおりですね。特に速達性については、長距離区間になればなるほど、航空にとっては得意分野になります。一方で、空港からのアクセス時間がどうしてもかかってしまう点があるのも事実です。鉄道と航空がそれぞれが持つ良さを大切にしつつ、先生のおっしゃる「サービスの差別化」を、鉄道と航空がお互いに切磋琢磨しあいながら連携させていけば、お客さまにより多くの選択肢をご提供できることにもつながるかもしれないと感じました。
橋本
そうした工夫に加え、これからは「需要の開拓」がカギになると思います。鉄道は二地点を線で結び、お客さまを大量に輸送することができます。一方、飛行機は、二地点を点と点で結ぶことができ、乗り継ぎでさらに別の点まで結ぶことも可能です。新幹線や在来の鉄道では乗り継ぎが面倒な「地方都市から地方都市」への移動を、航空が効率的に結べた場合、新幹線と航空で新たな需要を創ることができるかもしれません。
岩﨑
航空の優位性である、point to pointをよりクローズアップしていくということですね。
橋本
はい。例えば「西日本の都市から秋田の大曲に花火を見に行く」とした際に、航空会社が「飛行機を乗りついで、鉄道も使うこのルートが便利ですよ」と自社以外のモードも含めた移動の選択肢を提案し、積極的に需要を開拓していくこともできるのではないでしょうか。
岩﨑
そうですね。リニア・鉄道と航空の強みや特性が異なるからこそ、互いにサービスを差別化し、お客さまに示していくことで、その時々にあった交通手段を選んでいただけるようになるかもしれないですね。
橋本
ええ。今後、空飛ぶクルマのような新しいモビリティを実用化する際にも、航空会社は「新しいモビリティが社会にどう使われていくか」と待ち構えるのではなく、「航空機と合わせて、どのように社会へ提供していくか」と、航空会社自らが積極的に新しいモードを用いて需要を作り出していく姿勢が必要だと思います。リニアにおいても、開通により交通事業者がそれぞれ「自社の需要がどう変化するか」ではなく、それぞれが「リニアとともに、自社をどう変化させていくか」と考えることが大切だと思います。
岩﨑
ありがとうございます。航空には、顔認証などを活用したストレスフリーな搭乗体験の実現など、利便性やサービスの進化の余地がまだまだあると考えています。リニアという新たな陸上交通ができるからこそ、航空の強みである、長距離区間における速達性や、点と点を結ぶネットワークを見つめなおし、磨き上げる機会を得ることができると思います。お客さまの移動の選択肢を増やし、国内の移動をもっと快適でワクワクするものにできるよう、我々も航空の次なる姿を描いていきたいと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。

今回の対話は、経済学的な視点を通じて、リニアと航空がそれぞれの強みで補完し合うことで、社会全体の移動需要を広げていくという本質的な気づきを得ることができました。JAL航空みらいラボは、これからもアカデミアや地域社会と連携しながら、航空が果たすべき新たな役割を探求し、人々の暮らしをより豊かにする新しい移動のあり方を共に考え、育んでいきます。